銭湯雑誌「1010」誌に掲載されていたエッセイのバックナンバーです
このところ「癒し」という言葉をひんぱんに見かけるようになりました。それだけ現代人の心がストレスにさらされているという事なのでしょう。この「癒し」という言葉は一連の健康&温泉ブームとおおいにつながりを持っていて、テレビや雑誌で様々な温浴施設が取り上げられています。他の温浴施設がこれだけ注目されている中で、銭湯業界だけがとり残されているのは一体なぜなのでしょう?。
確かに豪華な近代設備や駐車場を備えた健康ランドやスパ施設、自然に恵まれた温泉施設などと銭湯を比べるのは多少酷かもしれません。しかし!世の温浴施設ブームを横目に、銭湯はこのままで良いのでしょうか?。日常的に「癒し」を味わう事ができる場として銭湯を考えれば、工夫できる事はまだまだ沢山あります。近代設備の導入だけがノウではありません。銭湯を未来に残すためには、今まで銭湯の主要機能であった衛生的機能(日常的に体を洗うこと等)から、リラックス・健康回復機能・癒しなどの二次的機能を取り入れ、進化する必要があります。そこで今回の『ケンタローの夢銭湯』では光と空間構成の新しい演出による、日常的癒しの空間としての銭湯を提案したいと思います。題して、『洗いの湯』。
心(精神・魂・気)を浄化するための空間・・・・これが「洗いの湯」のイメージです。メインとなる浴槽は、四方を高い壁に囲まれたタテ長の空間になっていて、上部の天窓(トップライト)から光が降注がれます。夜間も天窓の下に組み込まれた照明器具の光が壁にあたり、室内を間接的に照らします。また、正面に見える窓は光を印象的に取り入れるため、細長にデザインされています。あまり気付かれない事ですが、照明のあり方ひとつで、空間の雰囲気はがらりと変わります。心を癒すための雰囲気作りとして、光の演出は不可欠な要素となります。また、空間の構成(配置)でもいろいろな事が考えられます。このスケッチでは左手の壁は体を洗うカランスペースとの仕切りとなっていて、浴槽から体を洗う人は見えません。一風変わった個室的な空間が、ゆったりと落ち着いた雰囲気を造ります。その他、この壁の向こう側には薬湯や水風呂などが配置されます。
未来の銭湯を考えた時、こういった全く新しい空間構成があっても良いのではないでしょうか。公衆浴場~銭湯~の原形は、心の浄化を与えるために、寺の風呂を民衆に解放した所にあると言われています。モノや情報が氾濫し、精神や心の在り方が問い直されるようになってきた現代において、設備に頼るだけではなく、空間の演出を工夫し日常的な癒し(心を洗う)空間を提供する事が、21世紀の銭湯の役割となってゆくことでしょう。
(2000年 1010誌44号掲載バックナンバー)