天神湯の改修設計依頼をいただいた当初の施主要望は「サウナを増設して多くの利用者にアピールする銭湯にしたい」というものでした。しかしながら話を進めていくうちに、施主様自身がその考えに迷いを持たれているような気がしましたので、改めて根本的なところから対話を再構築させていただいたところ、根本にある施主様の真意が見えてきました。それは「レイアウト変更しながらも、なるべく旧木造銭湯のイメージを変えたくない」というものであり「既存の空間に対する愛着がとても大きい」ということでした。
簡単にいえば「新たな客層と雰囲気を求めることよりも、旧来の客層と雰囲気を維持する」形に計画の方向性をシフトし、このためにサウナの新設は取り止めとなりました。そして改めて設計コンセプトを「アノニマスデザイン〜木造銭湯の原イメージの継承」と再設定することになりました。アノニマスとは「匿名」や「作者不詳」という意味を持つ英語です。時を重ねた貴重な宮造り銭湯の佇まいの空間の中に、これまで天神湯が歩んできた歴史や思い出を重ねて観ると、否定すべくもない施主要望だと感じました。サウナなしの銭湯は、それはそれで魅力的なはずです。
とはいえ改修工事の設計である以上、実質的に「何もしない」わけにはいきません。激しく劣化した仕上材・設備類は、大掛かりに入れ替え改修しましたし、造作家具や構造体、浴室の配置などについてはかなりおおがかりな補修復旧、あるいは完全にレイアウト変更することになりました。工事範囲としては、ほぼ全ての部位に手をつけることになりましたが、一方で極力既存再利用したものを移設利用するなどして、典型的な「関東型銭湯」の空間イメージを継承するデザインとしました。またディティールにおいては、既設に合わせた新設部位の素材選定など、空間全体のバランスをとるべくデザイン作業に専心しました。
改修前の天神湯が持つ「作者不詳」感から醸し出されるレトロ銭湯の雰囲気と魅力を極力改修後に継承していこう、というプロジェクトの方向性の結果、天神湯のデザイン性は弊社実績の中でも「アノニマス」にもっとも近い内容となりました。今や希少となってしまったオーソドックスな木造銭湯の原風景(=構造形式や佇まい)は、できる限り未来につなげていきたい銭湯の魅力のひとつです。