落合松の湯のリノベーションに際して設定されたデザインコンセプトは『素銭湯』というものでした。近年の銭湯は、サウナ付きなど豪華さや付加価値機能を重視する方向性での改修が主流ですが、本プロジェクトではあえてその逆を行く方向を選択しました。クライアントとの対話を重ね、元の落合松の湯の要素を「引き算」しながら調整することにより、シンプルで居心地の良いミニマル指向の空間創りを目指したのです。それは「銭湯」の原型を見直し、銭湯に本当に必要とされるものは何か?を現代の時代感覚から再定義する試みであったようにも思います。
意匠的に『素銭湯』のコンセプトをわかりやすく反映した一例として、浴室デザインがあげられます。ここでは、松の湯のテーマカラーである藍色を主軸に据え、50ミリ角のタイルを全面的に採用し、使用タイルをこの一種類に限定しました。視覚的にシンプル化されたカラーデザインは、単に見た目に統一感を与えるだけではなく、インテリア要素が背景的なオブジェとなり「物」としての存在感が薄まることで、深層心理的に落ち着きがもたらされます。また設計計画には露天風呂の新設も取り入れました。壁や天井の躯体的要素を引き算し、外部の空間要素(光、風、空)を取り入れることで、視覚的に開放感を演出したいと考えたためです。夏季には水風呂としても機能するこの露天風呂は、季節ごとに異なる魅力を感じさせ、訪れる人々に新たな体験を提供します。
また新たな店舗イメージを再構築して設計していく中で「引き継がれるべき要素」には特別な注意を払いました。奥行きがある空間構成、滝のある浴槽、先代オーナーの笠原五夫(Itsuo Kasahara)氏による富士山ペンキ絵、銅製看板などの要素は、この銭湯の歴史とアイデンティティのエッセンスであり、これらが現代的でミニマルな空間の中で、より印象的に浮かび上がるよう選択再配置されています。
『素銭湯(Plain public bathhouse)』というコンセプトを通して求めた空間は、単に機能や装飾を削ぎ落とした空間というわけではありません。むしろ利用者の精神面においては「サードプレイス」としての銭湯の役割を強化し、より豊かで心地よい空間となることが考慮されました。家でもなく職場でもなく、日常の喧騒から離れ、心身をリフレッシュできる空間としての銭湯。「素であることを突き詰めることで、シンプルでありながら深みのある空間が創出される」これこそが、今回のリノベーションを通じて実現しようとした「素」というコンセプトの真髄です。