2020年7月、市民温泉浴場の移転に伴う寒河江市の事業企画コンペにおいて、日本経済研究所様と弊社のチームが選任され、本プロジェクトがスタートしました。改修前の寒河江市民浴場は、ひとつの浴槽とカランが14程度しかない小規模の温浴施設でしたが、改修直前でも1日の利用者が600人を超えるリアルな市民の憩いの場といえるものでした。この施設規模に対する利用者数は、地方としては大人気と言える数字です。移転プロジェクトが立ち上げられた理由は、旧施設が断層の真上にあると判明し、安全対策のためという理由によります。
コンペウィナーとして我々がPFI事業としての企画立案に参画させていただいた後、弊社はさらに基本設計と監理アドバイザリーを担当させていただきました。その際、新市民浴場の基本要件は下記のように設定されました。
・市民ファーストの施設:旧市民浴場と同様「掛け流し温泉を市民生活の日常に低価格で提供」することを第一に考慮した事業構築・建築計画とする。
・コミュニティの象徴的な役割:地元の生活に馴染み、ふるさとの魅力の1つだと思われるような施設とする。
・環境に馴染む建築:自然豊かな周辺環境に配慮し、景観に馴染むよう高さを抑え水平方向に広がる建築とする。
これらの施設に求められた要件を統合する設計コンセプトを「市民の大湯」と設定しました。建築空間の特徴は、浴室の外部をぐるりと囲む深い軒と、その軒下の縁側空間がある、地を這うような佇まいの建築形態。「景観に馴染むよう高さを抑え水平方向に広がる建築」という基本要件に応じた形態となっています。これは大湯という概念=「温泉地の地元の象徴」としての存在感を保ちつつも環境に馴染み、抑圧感を感じさせない建物のあり方を模索した結果、導き出された空間形式です。特徴的な深い軒下空間は、浴場部分においては外気浴が楽しめる縁側=「リラクセーション空間」となり、ロビー休憩室側においては市民マルシェなどを開催するイベントスペース=「交流空間」として活用されます。建築学的に内外の「中間領域」として語られることの多い木造建築の縁側を、温浴空間としてのプラン展開に組み込んだ形です。
地域性といって良いのか、寒河江の周辺は温泉利用の入浴施設が多く、入浴料の相場も非常に低いという実情があります。このことが地域施設における利用者数の維持に繋がっていることは間違いありません。この新市民浴場も新装竣工時市民は¥250-(市民以外は¥350-)という価格設定でスタートしました。都市部と比べると驚きの価格です。寒河江市は利用者にとって温泉天国と言えるのかもしれません。