歴史は街にその爪痕を残し語り継がれてゆくものです。八王子は東京都心部に対し、地理的にも都市機能的にもサテライトとしての位置関係をベースとして発展してきた街です。江戸時代には、甲州街道に沿って横山宿、八日市宿、八幡宿を含め15を配する宿場町であり、併せて織物産業が盛んでした。その後、街にはトラムと呼ばれる路面電車が走り、レンガの生産地としても知られていました。2009年には「江戸・東京まちなみ情緒の回生事業」に選定され、花街黒塀通りの石畳舗装・外壁の黒塀風塗装・街灯の整備などが行われることとなりました。
一方で現在の八王子は「三年以内に転出してしまう若年層が多い」という問題があります。銭湯がこの問題に対して少なからず役に立つことができないかというのが、改修設計のテーマとなりました。銭湯に通うことで街に対する愛着と記憶を持ちながら、古くから住む街の人々と交流する。地域との繋がりが希薄になった現代において銭湯はそのような役割を担うことができます。そのような考えから、設計コンセプトを「時をつなげる銭湯」とし、これまで八王子の街を彩り象徴してきた「レンガ」「黒塀」「路面電車」イメージを内外装に取り入れました。
新しい松の湯が完成するまでに、実は様々な紆余曲折(他業態に鞍替えするなど含めた建築計画)がありましたが、結果的に五十年以上この地に建ち続けている木造の構造体自体をそのまま残し、リノベーションすこと自体も「時をつなぐ」意味を持つことになりました。更新と刷新を続ける現代の日本社会にあって、地域に対する愛情を育む場として松の湯が機能することができれば、それはまさに現代における銭湯のひとつの理想像となると言えます。