昔ながらの木造銭湯の特徴であった坪庭と縁側。ちょっとした空間ではありますが、私が大好きな「懐かしさを感じる」銭湯空間のエレメントです。戦後に形式化した関東型の銭湯において、宮造り・高窓形式・ペンキ絵などと同様に「縁側と坪庭」は特徴的な基本構成要素の一つでした。
しかしながら昭和の時代に多くの木造銭湯においてこの縁側と坪庭が姿を消してしまいました。「コインランドリー」が「縁側と坪庭」のスペースに取って代わり改修設置されるようになったのです。ランドリーの売上は、利用者の激減により収入減となった銭湯経営を支える副収入となりました。まさに「時代の流れ」です。
そのようなわけで現代では希少となってしまった銭湯の「縁側と坪庭」ですが、吉野湯にはそれが残されていました。特に女性側の脱衣室に面していた坪庭は銭湯としては大きめで、池もありました。今となっては吉野湯のアイデンティティとも言えるこの(元)女性側の坪庭を、リニューアル計画ではロビー空間に面するように改修しました。入浴後などに「縁側と坪庭」を家族やカップルが共に楽しめる空間とし、この店の一番の売りとなりました。男性側脱衣室に面する坪庭は旧来の形をそのまま生かしつつ整備して、女性側にはもう一つ別の坪庭が新設されました(庭デザインは株式会社植盛さん)。結果、吉野湯の「縁側と坪庭」空間は3つとなりました。裸で外気浴をするも良し、家族でまったりするもよし、ビール&おつまみで一息するもよし。そんなひと時を、庭を眺めながら楽しむことができるのが吉野湯です。風呂上がりの外気浴はやっぱり気持ちいい。坪庭と縁側は銭湯体験をグッと豊かに彩ってくれます。
さて銭湯の典型的な浴室空間をイメージする時、多くの人が「青と白」のカラーリングを思い浮かべるかと思います。オーソドックスな銭湯空間をベースとしたデザインイメージとなる吉野湯の浴室では銭湯らしい「青と白」を敢えて用いたカラーリングとしました。天井は元々使用されていた木板にペンキ塗装を塗り重ねることとしました。改修工事費を抑えることが目的ではありましたが、既存の塗り重ねによるザラザラとした質感はこれまで空間が重ねてきた時間を表現しているようで、設計者としてはとても気に入っています。通常現代の浴室空間で使用される、すっきりとした「バスリブ」は古き良き銭湯にはちょっと不似合いに感じるのです。